幸福な家庭
2011-11-29
この世の中には「常識」というものがある。
大人になったら結婚して子供を産み育て、幸福な家庭を築き上げる―
しかし、この「常識」に疑問を抱いた人はいないだろうか?
結婚すると、独身時代のような自由気ままな生活は我慢せねばならなくなる。
妻に気を遣い、子供ができればちゃんと育て上げるのが親としての務めとなる。
つまり「家庭の幸せ」とは自己犠牲の上にしか成り立たないものなのだ。
結婚生活が破綻した多くの元夫婦の実状は、その理想にはほど遠い。
ならば、無理に結婚などしなくてもいいのではないか?
これは「恋愛」に関しても同じだ。
特定・不特定を問わず、恋愛中は相手に話を合わせ、ご機嫌を取り、嫌われないように
サービスに務めなければならない。
これもまた世間的には「常識」ということになっている。
だが「真の幸福とは、束縛から解放されたときに得られる」という考えは誤りなのだろうか?
恋愛や結婚に失敗し、不幸のどん底に突き落とされた人々は、そもそも「世間的常識」を
疑ってみる必要があったのではないだろうか?
未来ある若者は、自分が求める幸福が何なのか、という命題をじっくり考えてみるのがいい。
少なくとも、安易に幸福を求めたことが、自分だけでなく周りの人々をも不幸にしてしまうという
愚かな行為だけはしないようにしたいものだ。
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